♪あいさつちょっといい話

               皆さんからお寄せいただいたあいさつに関するいい話を掲載していきます。
  
                            ※「いい話」は随時募集しておりますので、皆さんの周りで起きたあいさつに関するエピソードを

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   私は毎日一時間ほどのウォーキングを日課としています。今日も良い天気で10時ころ家を出ました。
 休日なので近所の子ども達は元気に遊んでいます。「おはよう~」と言うと口々に返事が返ってきて気分が明るくなります。
 20分ほど行ったところで母子が庭の手入れをしていたので知り合いではありませんが、挨拶を交わして咲いていたボケの花を話題に、お互い笑顔で話が出来ました。
 そこから50メートルほどの所に、福島ナンバーの車が止まっていて、丁度携帯電話が終わったらしいので窓をコンコンとノックをしたら、運転していたおばさんが怪訝そうな顔で窓を開けたので、「なにかお困りですか?」といったら「大丈夫です」とのこと。
 「県外車なので道路が分からないと思って声を掛けました。お気をつけてどうぞ」 「ありがとうございます」と笑顔で別れました。
 しばらくいくと、老人がクワで畑を耕していました。この方は昨年胃の手術をしたということを本人から聞いて知っていました。
 「おはようございます。精が出ますね。」というと、「やぁ~元気でいいね」と笑顔が返ってきました。
 次に名前を知りませんが、時々家の周りで花の手入れをしている方がいたので、挨拶をかわして通り過ぎました。
 また歩いていたら、道路から10メートルほど離れた所で、まったく知らない人ですが、田んぼで仕事中の二人の男の人に聞こえるように少し大きな声で、「おはようございます!」ここでも元気な声が返ってきました。
 天竜川の堤防道路まで来たら、向こう側から歩いてきた私と同じくらいの歳の男の方は私と目が合うと、すれ違いざまに私と同時に「おはようございます」と挨拶して離れていきました。その後は誰とも会うことはなく、家の玄関に入りました。今日のウォーキングはこのようにして終わりましたが、なるべくいつまでも元気でいたいものです。
 
 子ども達の元気な声が聞こえなく寂しく思っていましたが・・・。
 今年の四月から家の前を新小学生三人が通るようになりました。話しながらの声が近づいてくると慌てて台所口から主人共々跳び出して「行ってらっしゃい!!」と大声をかけると、うれしそうに「行ってきまーす!!」がにこにこでかえって来る。
 網戸越しに声を掛けてくるときもあり、中から「行ってらっしゃーい!!」
とても清々しい気分になります。
 
 朝、家の前の市の空き地に花を植えています。
 大きなランドセルを背負い一人で登校する新一年生が「おはようございます!」と元気に毎朝あいさつをしてくれる。
 一方中年の男性は犬を連れてお散歩。一度もあいさつをしてくれたことはない。
「今時の若い人は・・・」はここには通じない。
 
 
「挨拶」あいさつは心を開いて相手に近づくことですが近年はそうも言えず「知らない人には声かけられてもついていかない」そんな教育の世の中になりました。
 毎日定刻に筋トレ、通学自転車男性に十数人会います。「いってらっしゃい」必ず声を掛けます。
 丁寧に頭を下げる人、いつもにこっとする人、「うちのおふくろも言わないのにあのおばさんいつも行ってらっしゃいするよ」と仲間に言う学生、自転車で携帯見ながら声かけても無視の人、仕方なく登校らしい子があいさつすると急に元気よく速度を付けて、その後ろ姿にこちらも明るくなった。
 農道いっぱいに三人が並び、対向する。私に気づいても脇によけず、あいさつも反応がなくこちらが自転車止めてお先にどうぞ、そんな時もある。
 AM七時半〜八時半頃、寝不足か何か浮かない子、「行ってらっしゃい」の反応もなくその子の心境を案じて帰る日。また、女の子があいさつと同時に笑みいっぱいに反応してくれ、こちらもパワーもらってありがたい・・・こんなこと「たまーに」です。
 まず家庭から、朝は互いに「おはよう」の一言が出る心がけ、朝一番のスタート、一日を明るく過ごす基本と思いますので、家庭の母親はまずその姿勢にありたいと常に思います。
 
 今年小学校に上がった長男。一緒に学校に行ってくれる近所のお姉さんたちやお母さん方に、じぶんからなかなか挨拶が出来なかったのですが、最近ようやく「おはようございます」と小さな声で言えるようになりました。そんなお兄ちゃんを見て、次男も自分から挨拶が出来るようになってほしいと思います。
 
 梅雨の晴れ間で今日は久しぶりに雨の心配はないです。暑くも無く寒くも無く、ウォーキングには一番良い時期です。
 いつもの道を歩いていたら、少し道幅が広くなっているところに、水戸ナンバーの車が停まっていて、若い夫婦が地図を広げていました。
「こんにちは。私でわかることでしたら?」と声を掛けたら、Mさん宅へ行きたいのだとのこと。
 この辺はMさんという姓は多いですと一緒に地図を見ていたら、近くにいた人たちも集まってきて、どうやらここから少し先の所らしいということで、笑顔と共にお礼の言葉を残して去っていきました。
 私はその後を追うように歩いて行ったら、左の方の小高い所から声が聞こえたので、そちらを見ると、先程の車の人が手を振って「ここでした。ありがとうございました。」「良かったですね。さようなら。」と歩を進めました。
 しばらく行ったら坂道で自転車を押しながら近づいてくる人がいました。顔を見ると、歳の頃は自分と同じくらいです。
 「こんにちは」と声を掛けて、話しかけてもよさそうな雰囲気だったので、「どちらからですか?」と尋ねて驚きました。
 宮田村から天竜川の堤防沿いに来たというのです。「3時間くらい」かかったとの事でした。同じ昭和15年生まれということが分かり、話が盛り上がり、定年後千葉県から越してきたとのこと。冬の寒さがこたえる事。まわりの人たちが皆さん親切とのこと、等を話してくれました。
 そして「またどこかでお会いできると良いですね。」とお互いに笑顔で別れました。
 あいさつは自分から積極的にすれば、知らない人でも仲良くなれると感じた今日のウォーキングでした。

 
   
 私は毎朝5時20分に家を出て、犬の散歩をしますが、途中まで行くと必ず後ろから私を追い越す児童がいます。
 追い越す際には「おはようございます」と軽快且つ大声であいさつをしてくれるので、誠に爽快な気分になるのです。
 この児童は散歩順路の家の小学校4年生で野球部員だとのこと。帰路にその家の前を通過するとバットの素振りをしながら再度の挨拶がくるのです。素敵な児童の態度に毎朝元気を頂いて居ります。
 きっといい選手になることでしょう・・・

 
 毎日の犬の散歩・・・近所の子ども達に時々会う。先日、4月から中学生になったM君に「お久しぶり!」と声を掛けられた。
 「入学おめでとう!」と返すと、「ありがとう!」と答えてくれて、別れ道まで一緒に歩いた。
 なんとなく嬉しい気分になれました。

 
 2才の娘と家の近所を散歩するのが日課です。
 散歩中すれ違ったおじさんに「こんにちは!」とあいさつをすると、「これ今採ったばかりだから」と両手いっぱいのきゅうりを頂きました。
 きっと自分の家で食べようと思って採ってきたきゅうりだと思います。
 あいさつしただけなのに、頂けて本当に嬉しかったです。娘も嬉しかったみたいで、頂いた採れたてきゅうりをまるごとペロリと食べてしまいました!
 
 県民の皆様がご活躍しているお姿に何もお役に立てない私がいます。が、自ら進んであいさつはしています。
 メール等苦手ですから、こうしてペンを執らせていただきました。
 「あいさつ」ができる人は何でもできる、そう思えて二人の子どもを育てました。
 「おはようございます」朝のこの言葉は気持ちがよく、やる気にもつながります。立ち話になったり、名も知らぬ人との出会いもとてもありがたいことであります。
「おかせぎ!」と言われた朝、体もよく動き、仕事を終えました。

 

 あいさつ運動を始めて、10年になる。当時、小学校の学校評議員をしていた時に、校長先生を筆頭に先生方と共に校門に立ち、登校して来る子ども達と笑顔であいさつをするのを日課に約1時間、始業のチャイムが鳴るまで行っていました。初めは不安顔の子ども達も顔馴染みになると大きな声であいさつをする子や他愛ない話をする子、来る途中で草花を摘んで来てプレゼントしてくれる子、私と手を繋いだり握手やハイタッチをする子、母国に帰ると教えてくれる子ども達とたくさん交流して来ました。

 そのお陰で買い物先で行き合うと子ども達から声を掛けてくれ、母親を紹介してくれました。元気な子ども達と触れ合った事で私が子ども達からパワーを貰っていた気がします。こういった毎日の繰り返しが何年も続きました。私が望んだのは、子ども達と顔馴染みになり、地域の方と何らかの交流を持つ事、不審者とは違う地域の人だと思って貰う事、地域の子ども達が安心・安全な場所で伸び伸びと暮らせ、明るく元気な子になってくれる事でした。我が小学校で「あいさつ運動」を実施しようと校長先生に提案したのは、県内外で私が一番最初だと言っても過言では有りません。

 あれから現在までご縁を戴き、校長先生や先生方と交流させて戴いております。

 

 

 (俳句)手を振って あいさつ交わす 通学路

 

 (短歌)校門で 登校の児と  あいさつし 元気貰って 嬉しかったよ

 

 (俳句)あいさつは 溢れる笑顔 満開だ

 

 (短歌)子どもらと 話す毎日 ウキウキと 日課になって 今日も笑顔
 

 

 (poem)

  おはようと言えばおはようと返る

  私が笑えば あの子も笑った

  大きく手を振れば  小さく手を振って返す

  どの子も笑顔溢れている

  みんなみんな元気だね

  私も元気パワーを貰ったよ

 

 (poem)

  特別学級の子が私を見つけ駆けてくる

  道端で見つけた花を摘んで駆けてくる

   息が切れるまで駆けてくる

  私に向かって駆けてくる

  花を渡したくって駆けてくる

  ありがとうで溢れている

  太陽も笑う

  みんなみんな笑顔だね

 

 

 (エピソード)

 ブラジルの子と友達になった 長い茶髪の可愛い少女 太っちょだけどクルクル目をした男の子。

 みんなと友達になった時には笑い話を 時には家族の話をしてくれたある日 その子が言った 国に帰るから会えなくなると 別れが淋しいと あれから数日経った あの子の姿はなかった 本当に帰ったんだね

 

 (エピソード)

 郵便局で窓口をしていた頃、主に土日が私の担当だった。頻繁に外国の方々が小包や郵便物を持ってやって来た。その中の一人と親しく話す様になった。

 数週間後、国に帰ると家族を連れてやって来た。お互いに「寂しくなるね。」と話していたら、お母さんに抱かれてた小さな男の子が私の頬にキスでお礼とお別れの挨拶をしてくれた。その外国人も「アナタに会えて良かった。」と言って握手をした。

外国人の方と明るい挨拶が出来てとても幸せに思いました。

 

 私の散歩地域には小・中・高校があります。子どもらはみなすれ違うときに、見知らぬ私に元気よく挨拶してくれます。「挨拶はコミュニケーションの第一歩」を実感します。何年か前、雨降りの日、大きな荷物を持って坂を上っていると、小柄な男子中学生が「それ、持ちますか?」と声をかけてくれました。

 「ありがとう。大丈夫よ。あなたも気を付けて帰ってね」  

 あのシーンは今も私の心を温めます。その彼は芸能界に進み、舞台や映画でがんばっています。

 
 我が校は伝統的に朝や帰りの挨拶はもちろん、日中廊下で生徒と出会う職員やお客様とは生徒の方から「こんにちは」というあいさつがされます。
 これは伝統になっていて。3年生から率先して取り組むために、次第に下級生もならっていつも気持ちのよい挨拶が交わされています。
 地域に戻っては、今は不審者など心配な面がありますので完全ではありませんが、近所の方とはあいさつが交わされている地域もあると聞いています。
 とにかく朝も日中もあいさつが交わされることはとても気持ちのいいものです。

 
 児童生徒の登下校の「見守り」パトロールの時、特に小学生が「おはようございます」「いってらっしゃい」「こんにちは」「気をつけてお帰り」と挨拶しながらハイタッチをしてこちらが元気をもらっています。
 
 孫が通う小学校で「高齢者お助け隊」の募集がありまして早速参加したのが2006年の8年前のこと、自宅前を100余名の小学生が登下校します。交通量も大変多く心配になりまして近くの交差点に立ち安全とあいさつを交わし始めました。
 最初の頃はびっくりするほど返事がなく驚きでした。
 世の中の変化によるさまざまな事件で「知らない人には声を掛けない」の教えがありまして無理からぬことと思いました。
 その後もずっと毎週火・木・金は他の方とPTAの方、月・水担当で地域の子どもさんを見守り、あいさつを交わしております。
 朝はなかなか声の出ない子どもさんもおりますが帰りには元気に「こんにちは」の声をかけてくれ本当にうれしいです。
 また、中学生、高校生も通る朝の交差点では、気持ちのよいあいさつが交わされ気分爽快です。
 遠に孫も通らなくなった交差点ではありますが、できる限り地域のみなさんとあいさつを交わし、子どもさんの安全を見守り続けたいと思っております。
 時々通る小学校の校門前の大きな立て看板には
「あいさつを されればうれしい きもちいい」
「あいさつが あいさつを生む 明るい町づくり」
の標語があります。
 そこを通過し読むたびに私の心は明るくなります。
 あいさつは生活に欠かせない基本の言葉と思います。家庭から明るいあいさつを心がけ気持ちのよい日々を過ごしたいものですね。
 
 小学校が夏休みに入った翌週の7/30より8/8まで集落の児童会・保護者によるラジオ体操に参加しました。
 児童会長の「おはようございます」と元気な挨拶に全員が応答したあと、ラジオ体操第1・2を全員で実施しました。
 最終日には参加児童に保護者会長より記念品が渡され、私からは思い出に残る楽しい夏休みを過ごし、二学期の登校日には元気な顔を見せてくれるよう全員に話した後、全員で写真を撮りました。
 参加された若い保護者の方々とも久しぶりにコミュニケーションをとることが出来、感謝されました。
 
 「あいさつ」で思い出すことがあります。
合併前の村長は何かの集会の折、又議会や各部署での話、各集落を回っての話し合いの時には必ず「あいさつ」に関した話から始めました。
 村長が村政を司っていたとき「明るいあいさつ村づくり」の標語のような言葉が封書の一角に印刷してありました。
 当時「あいさつ」がどうして村づくりに必要なのか不思議でなりませんでした。
 一言の「おはよう」から始まって「おやすみ」までのこの簡単な誰にでも言えるのにそんなに重要なものなのか・・・。
 だんだんと少子高齢化を迎え、村は市となりました。
 過疎化にはブレーキがかからなく、加速するのみ。
 そんな状況の中で「おはよう」から始まってその時々に応じた一言がいかに人の心に響き、気持ちを明るく明日への希望の持てることを実感しております。
 村長の「明るいあいさつ村づくり」が私を含め村民の心の残っていると思います。
村長として忙しい合間に常に村民と接し、平等にそれぞれに合ったあいさつをしてくれました。
 今、村長に敬意と感謝をし、「あいさつ」は万人の心をつなぐ一言だと思い、これ からも誰にも気持ちよく「あいさつ」を実践したいものです。
 
 初冬の午後のことでした。
 散歩の途中で、手足が不自由で福祉施設のお世話になっている知人に逢いました。
久しぶりだったので立ち話をしていたら、通りすがりの車の窓から女性の声で「〇〇さん、頑張っていますね・・・」「寒いから気を付けてね・・・」の激励の言葉に、当人は嬉しそうに手を挙げて応答していました。
 福祉施設の職員とのことですが、何気ない優しい言葉掛けに私は爽やかな、そして清々しい光景を感じました。
 ちょっとした機転が大きな希望と勇気を加速させてくれる微笑ましい日でした。


 
 11月11日、今朝は風も強くとても寒い朝でした。
学校と保育園へのあいさつ運動は今日が最後で、来年度は今年回れなかった長地小、上の原小、岡谷小と田中小から始めることといたしました。
今迄に中学校3校と小学校3校をすませてありますので、今日は北部中学校神明小学校で各校5名と6名で役員があいさつ運動を実施しました。
 私たちは午前7時に北部中学校の昇降口に集合、その後校長先生や生徒会の生徒も加わり元気よくあいさつを交わしていた。
三人組の女子生徒が私達の方へ歩いてきて、元気な声で「おはようございます」と声を掛けてくれて私達も「おはようございます」と答えたとき、1人の女子生徒が「ありがとうございます」と言う。
思わず顔を上げると、素晴らしい笑顔が返ってきました。
夏の暑い朝や疲れた朝、そして寒くなってきた今朝など、季節の移り変わりの早さを感じていたがそのひと言で体中の血が湧き上がる思いでした。
 三人の女子生徒を見送ったあとに、これが本当のあいさつの原点ではないか、互いが互いを思いやり私達は「さあ、元気で今日も頑張って」の心で見送り、女性生徒も私達に対して「ありがとう」を言う、なんと素晴らしい言葉ではないかと思いました。
 各学校、それぞれが私達婦人会のあいさつ運動にご協力をいただき真剣に取り組んでいる様子を肌で感じておりましたが、今日のありがとうのひと言は、学校の教育方針や学校内の生活まで垣間見る思いで本当に嬉しく素晴らしい心をいただきました。
 私もこの学校の卒業生です。
はるか昔、この広い校庭に生徒が一列に並び石を拾ったこと、山から木を引いてきてPTAが割って校舎の壁に積み重ねて冬中のまきストーブの燃料にしたことなど、思い出と共に母校の生徒を本当に誇りに思った一日でした。



 
 

 挨拶の効力

 

  私は長い間、挨拶が苦手で大嫌いだった。

  必要あるのかなと思ったり、面倒だと思ったりしていた。

  学生時代に友達関係がうまくいかなかったことも原因かもしれない。挨拶しても相手は私を無視すると決めつけていた。

 

  しかし、社会人も10年もしていると挨拶に対する考えが変わった。

  私が出会った挨拶の効力を3つ紹介しようと思う。

 

  一つ目は私の勤めている会社にHさんという、とても大きな声で差別せずに挨拶をする人がいる。

  仕事は営業職である。

  営業成績は決して良い方ではない。

  でも、Hさんが朝、元気よく挨拶するだけで営業所が明るくなる。

  こちらも頑張ろうという気にさせる。

  Hさんがミスしても、「しょうがないな〜」とみんな助けてしまう。

  挨拶はその人の印象を決める。それが驚きと発見だった。

 

  次に挨拶の効力を感じたのは、恋である。

  私は昨年、ある会社に個人的な手続きの為出かけた。

  バックの中身や、服装をなおしていると不意打ちで「こんにちは」と声をかけられた。

  挨拶をくれたのは1年前、知人の紹介でデートしたOさんだった。

  その後、二言三言言葉を交わし、Oさんは仕事へ戻っていった。

  「こんにちは」の威力だろうか?

  Oさんの背中は広く、大きく、キラキラ輝いていて私はなんていい男を逃してしまったのだろう・・・と後悔した。

  今さらですがと、デートに誘ったが彼女がいるとのことでフラレてしまった。

  しかし、久しぶりに清々しい失恋でますますOさん、素敵だなと思ってしまうものだった。

 

  最後に、私は今、視力回復トレーニングの為に徒歩で会社へ通勤している。

  会社までの道のり、すれ違う小学生たちは皆、元気よく「おはようございます」と挨拶してくれる。

  小さな声、大きな声、高い声、低い声。

  私も視力を早く回復させてこの目で小学生たちを見てみたい。

  きっと新しい1日に目を輝かせているに違いないと思う。

  今、トレーニングを頑張れるのは挨拶のおかげだ。

 

  挨拶には素敵な魔法がある。私も爽やかに、美しく、挨拶をしていこうと思う

 
  私は定年後の趣味で写真撮影を楽しんでおり、殊に長野県内の神社仏閣を好んで撮影をしますが、訪問の都度に「御朱印」を頂戴する習慣にしております。
 受領の際に通常ですと「無言」若しくは「はいどうぞ」程度の挨拶ですが、過日にお邪魔した某神社では、若い巫女さんが「ようこそ ご参拝を頂きました」「お気をつけてお帰りください」・・との丁重なご挨拶を頂き、当方が戸惑う状態でした。
 なんと素晴らしい、そして清々しい挨拶でしょうか・・
参拝後に拝聴した素敵な挨拶に感動し、忘れられない貴重な体験をしました。
 同じ行動でも一寸した言葉遣いで、人の心を掴み感動を与えることが出来ることを今更ながら学び、爽快気分で素敵な撮影をさせて頂きました。

 
 マイナス7度の朝7時から8時、地域の資源ゴミの収集当番に参加した。
「おはよう。寒い中、お疲れ様。」
「朝早くから、ありがとうございます。」
「みんな資源分別を考えているよね。」
「これは、どこのゴミかなあ?」
 一時間だけだったが、顔を初めて見る人も含め、多くの方と会話や交流が出来た。
 手足は冷たく痺れていたが、心は温かで家に帰った。


 
①「小学生の見守りから」
 小学生の登校に合わせて、見守りをしている。
 多くの人が寒く薄暗い時から、一日をスタートさせている。今年は12月からの雪の朝が多い。
Aさん :未明から塩カルやスノーダンプで通学路確保。
Bさん :暗いうちに、お弁当を抱えて出勤。打ち合わせをして現場へ行く。
Cさん :保育園付近の雪を片付け。
Dさん :バス停と向こう三尺の雪かき。
Eさん :車の暖気運転・フロント等の氷雪取り。
Fさん :ゴミ収集車でGさんのゴミ収集。
H・Iさん:白い息を吐き、犬の散歩やジョギング。
Jさん :1人会社に向かう外国人女性。
 先に挨拶をする人・顔見知りになって笑顔を交わすようになった人。「ご苦労様」「ありがとうございます」「いってらっしゃい」「お疲れさま」「寒い中、ご苦労さま」・・・。
 毎朝の挨拶や会話の中で、人との繋がり・地域のエネルギーと地区の素晴らしさを感じている。


②「♨湯気の中・共同温泉は社交場♨」
「今朝は-8度。冷え込んだね〜」
「御神渡は出来るかね~」
「これじゃ無理だ。-10度位の日が3日程続かないと・・・」
「昔は上川(諏訪湖に流れ込む最大の川)も凍って諏訪湖(4km)までスケートで行けたぜ」
「すごい寒さじゃん」
「当時の御神渡は、1m以上もあってさ・・・」
 挨拶から、地域の自然や歴史についても教えていただいている。
 
 行動に表れる挨拶の心・・・私が入院中のことですが、巡回して世話をする看護師さんの行動で非常に感銘を受けたことがありました。
通常ですと検温や血圧測定は看護師は立ったままの姿勢ですが、この看護師さんだけは立座姿勢で、ベッド上の患者との目線が平行の状態を維持して測定や会話をするのです。
 ある時にその看護師さんに聞いたら、誰からの指示教育ではなく、自然体での行動とのことで、むしろ恐縮されていましたが、それは家庭環境か自身の情の深さが立座にさせたものだと拝察されます。
心を痛める病床の患者に対して笑顔で明朗な挨拶と共に立座姿勢で平行目線での行動には敬服した次第です。
 同じ行動でも誠の心や思いやりの感情が篭った自然体での表現は、周囲の人達に好感を与え歓迎されることを改めて認識しました。
 
 立春が過ぎたばかりで風が冷たく小雪が舞う日に、私は近くのバス停でバスが来るのを待っていました。
丁度小学生の下校時間の頃だったので、私の傍を何人かの子が通り、私の方から「こんにちは」と声を掛けると子ども達も「こんにちは」と挨拶を返してくれました。
 そんな中で1人の高学年と思われる女の子は、私が言わないうちに「こんにちは」と笑顔で挨拶をし、私も「こんにちは。寒いね~」と返したら、彼女は更に「体に気を付けてください」と言って励ましてくれたのです。
 偶然に出会った女の子とほんの一瞬に交わした言葉ですが、私の心は温まり彼女のご家族の優しさにまで思いを馳せました。
 帰りのバスを降りて見上げた空には、満月や星が美しく輝いていて、私はまた女の子のことを思い出していました。
 
 児童生徒の通学路を今日はいつもより遠回りして「見まもり」に出かけました。
すると後ろから「おじちゃァん・・・」と声がした。
見ると4人の小学生が手を振りながら走ってきて「お早うございます」と元気なあいさつをした後、春休みでの話をしながらいつもの「見まもり」の場所まで行ったのち、「車に気をつけて行くんだよ」と言うと「はァ〜い」と返事しながらの後ろ姿を見送りました。

 児童生徒の登校が少なくなったころ、女子中学生二人が「お早うございます」と挨拶しつつ、私たち今日(3/18)卒業します、とにこにこしながら長い間ありがとうございましたと、二人がとっさに私の手に握手してきたのに驚き、とまどいながら「おめでとう」の言葉を返したあと胸が詰まりました。

 「おじちゃん」いつまでも元気でネ、と言いながら笑顔で手を振りながら登校して行く後ろ姿をみて一瞬「チョットほろり」として見送りました。
「見守り」をして10年、初めて体験した嬉しい朝でした。
 
 子供に伝わる何気ない「あいさつ」の習慣 

 温泉郷で暮らす私達は、共同浴場で逢う組内の皆さんとは交流の絶好の場です。
先輩や後輩、子供達との隔ての無い会話は結構に楽しいものです。
私達の組が所有する浴場では以前からの習慣で「挨拶」と「下足棚への収納」は相当に浸透して居ります。
大人同士の挨拶に触れたり、見たり、大人からの先行挨拶などを受けて、自然的に子供たちも入浴や退浴の際に挨拶をする様に成りました。
特に強要や教育をするわけでは無いが「習慣の環境」が子供たちにも良い影響をもたらしたものです。
小学校の低学年や幼稚園児の「可愛い挨拶」を受けると己ずから笑顔に成り、ほのぼのとした雰囲気に成ります。
昔から「子供は親の背中を見て育つ」と言うが、正にこの行動と挨拶が社会教育の原点だと改めて認識を致しました。
 
 ようやく春の暖かい季節がやってきました。
 笑顔で桜のやさしい花ビラに感動します。
 あいさつ運動の記事が目にとまりまして我家のあいさつに募集しました。
 息子達と同居(孫18才と15才)
朝のあいさつですが、お嫁さんは毎朝笑顔で「お早うございます。昨日はありがとうございました。」
私、笑顔で「お早う。昨日はご苦労様でした。」
お嫁さん「ありがとうございます。」
 このあいさつで1日が始まります。
孫達にも大きな声で「おはよう」元気。
 私は今、すごくしあわせです。
 
「ごくろうさま」の一言で・・


 町内や各種団体等の会費を集金する際に、相手方の対応で色々な言葉や態度が有りますが、その人の性格や人柄が良く判るものです。
私自身の損得には無関係で有り役職柄での集金訪問にも拘わらず「取られる気分」の表情での集金は誠に遺憾であり嫌悪感が有り、次回からの訪問は躊躇しますが我慢をして集金をするが、一方で笑顔での対応を頂き「ご苦労さまです・・」の一言を頂くと本当に癒されるものです。
その様な方は態度も優しく、言葉も温和で人間性が表面に出るものです。
心が豊かな人との会話は常に前向きで積極的な思考で有り非常に参考になるものです。
毎回の訪問の都度に「ちょっとした言葉遣い」でその人の性格が如実に見えることを切実に感じて居る次第です。
 
信州あいさつ運動

 千曲市治田小学校新年度の「子ども守り隊 紹介式」に初めて「信州あいさつ運動」の婦人会員2名が紹介されました。
昨年9月より毎月11日に校門近くの通学路で低学年の下校時に「さようなら」の声かけを続けて参りました。
 見知らぬおばさんで、声をかけても無視し素通りしてしまう子が多かったのが、段々に「あいさつ」を返してくれ、顔を見ると先に声をかけてくれ「寒い所をご苦労様」とねぎらいの声をかけてくれる女の子もいました。
 紹介式のあった午後の一斉下校時、今まで以上に大きな声で沢山の「さよなら」の声、声・・・
笑顔のあいさつに胸がいっぱいになりました。
「体育館で見たおばちゃんだネ」と立ち止まりハイタッチしてくれた低学年の男の子。
子ども達の前で紹介して頂いた効果の大きい事。
 現場までのウォーキングの健康づくりと元気な子ども達からもらうパワー。
 あいさつ運動は素晴らしい私達婦人会の新しい活動です。

 
「法話の会」に参加して感じること

 B葬祭業者の企画で毎月一回、数ケ寺の住職が交替での「法話の会」が開催され、毎回参加をさせて頂き感銘を受けている次第です。
住職の話は主に宗教感から発する人間性や道徳心、人生のあり方などが多く、法話を拝聴する都度に感動をする内容が多いものです。
宗教が説く「四恩」で「感謝の心」では人間としての基本的思考で祖先、友人、家族、世間、自然等々への感謝に伴う「ありがとう」の心を常に持つことの重要性を説いて居りますが、これは当然の事とは云え、中々に実行が出来ないのが人間の常だと思う。
 同年代の加山雄三氏(78才・俳優)が信条としている事は「三感」(感心を持つこと・感じること・感謝すること)だと知りましたが、彼が常に「ありがとう」を多発して言われるのは矢張り信条を実践している証拠だと拝察します。
 また、堀内孝雄氏(歌手・65才)は歌い終わると必ず「サンキュー」「ありがとう」を大声で言う姿は爽快で好感が持てます。
 自分も信条を持って確実に実行することが大切だと思うし「ありがとう」が習慣的に言える人間に成ることが肝要だと感じている次第です。
 この法話の会では開始前に「椅子座禅」を行いますが、静寂の中で自分を見詰め、平常心を保つことが出来るのも有難い瞬間です。
 
「あいさつ」で推測できること

 私には中学3年と小学校5年の二人の孫娘が居ります。
 朝の散歩をして帰宅する頃には二人は登校の準備中か朝食中ですが、私が「おはよう・・」と声を掛けると必ず二人からの返事で「おはようございます・・」の元気な声が返ってくるのが毎朝の楽しみです。
 その声の大きさや発生状況で体調や悩み事の有無が概ね推測出来るものです。
 過日の朝のことですが、小学校5年生の孫娘から返事がないので、再度私から声を掛けるとようやく小さな声で「おはよう」が返って来たのです。
 日頃の返事と様子が違うので母親にその旨を告げると案の定、学校での友人関係のトラブルで悩んでいることが判明して早期に解決することが出来ました。
 挨拶の仕方で健康状態や悩み事の有無が推測できる様に成り、あいさつの重要性を改めて実感しました。
 散歩の途中などで逢う人でも、当方からの挨拶にも拘わらず返答がない人に時折出会うが、挨拶の返礼すら出来ない程に心が寂しく気の毒な人だな・・と推測しながら後ろ姿をみやる次第です。


 
 
 ちょっとした挨拶から親しいお付き合いに・・・

 昨年秋、志賀高原は紅葉の最盛期でした。
 私は趣味で紅葉の写真を撮影して居りました。
 最近ではデジカメでの撮影者が殆どでフィルムでの撮影をする人は見当たりません。
 私はデジカメの他にフィルム写真の愛好者で、時折に中判カメラを使用するので、フィルムの在庫が少ない現況では確保に注意をしています。
 撮影中に私と同年齢らしき老人が私の横に来て「余分のフィルムをお持ちですか?」と聞かれました。
 この老人は新潟県から、ご夫婦で紅葉の撮影に来られたが、フィルムが不足したとの由、私と同じ中判カメラを見て恐縮しながらの様子でした。
 私のフィルムを譲ることにしたら、大変に喜んで紅葉の撮影をされていました。
 撮影中では色々な会話をしながら住所、電話番号等を交換してお別れをしました。
 その後は何度と無く御礼のご挨拶を頂き、むしろ当方が恐縮する次第ですが、今夏に私が新潟県での撮影に行く旨の電話をしたら是非とも逢いたいとの由、場所と時間を確認してお逢いしましたが、昨年秋の事に深い感謝の気持ちをお持ちの様子で、人柄が表れる素敵な老夫婦です。
 今後とも良いご交情が出来るものと思いますが、ちょっとした挨拶と親切心から素敵な友情に発展するなんて、予想すらしなかったが貴重な体験をしました

 
 
 元相撲力士「豊真将」の相撲態度を想う

 大相撲秋場所も大人気、大好評の中で千秋楽を迎えましたが、全般を観戦して感じることが有ります。
 それは力士の態度(相撲の前後の礼)です。
神聖な土俵上での挨拶は勝敗に関係なく「挨拶で始まり、挨拶で終わる」国技なので丁寧に礼をすることが要求され、観戦する観衆への印象も重要な要素の筈ですが、最近の力士の礼は軽薄で、殊に敗けた時の挨拶(礼)は見苦しいものが散見されます。
 その点では、本年1月に引退した元小結・豊真将の態度(礼)の好印象が想い出されます。
 勝敗に関係なく深々と頭を下げ、丁寧に挨拶する姿は今でも鮮明に好感を与えて居ります。
 シコ名の由来が「感謝」とのことですが、彼はシコ名に恥じない立派な力士だと信じて居るし、今後も豊真将の様な素敵な挨拶(礼)が出来る力士が大勢に成ることを念願して居ります。
 挨拶は形式的では無く、本心から出る行動で有りたいと自分自身も反省する次第です。




 
 

 「あいさつ」が出来ない職員とその上司

 どこの企業(事業所)でも「あいさつ」は最低限の基本行動だと認識していたが、この基本的行為が実践されていなかった現場の変化を体感しました。
 この事業所では以前の責任者(店長)は誠に陰気で挨拶とは程遠い表情、態度であり、部下職員も同調する様に挨拶が出来ない環境に成っていたものと想像されます。
 この状況に就いて他の来店顧客にも感想を聞いたが同様な意見で、この事業所の暗いムードには首を傾げる状態でしたが、昨年暮れの店長交代(転勤)を機に一転して挨拶が出来る事業所に変貌したものです。
 新任の店長は明朗快活で誰とでも気軽に会話をして、来店者からの評判も誠に良好です。
 当然のことながら部下職員も快い挨拶と機敏な行動で事業所全体の雰囲気が明るく、活気が有る職場に成りました。
 最近ではこの事業所の業績は以前よりも良好だと聞いたが、指導者の率先行動と部下職員の教育の重要性を改めて痛感した次第です。
 

 介護施設職員の笑顔と明るいあいさつに感銘

 所要で介護福祉施設を訪問した時のことです。
 受付から始まり非常に感銘したことが有りました。
 先ず受付の職員の明るい挨拶と丁寧な案内行動に始まり、廊下で出会う職員の全員が、通過の際に廊下の端に寄り頭を下げての挨拶でした。
 その日はデイサービスに通う友人からの連絡で訪問をしたが、到着した時には全員での遊戯や歌の最中だったので暫らく様子を見学していたが、職員の大きな声と笑顔で話し掛ける姿に会場全体が明るく、笑い声の雰囲気で非常に和やかな光景を見て、いつしか私も微笑んでいました。
 高齢者との優しく、丁寧な行動からは今、世間を騒がし話題に成っている「老人や障害者虐待」とは到底に縁遠いものだと拝察した次第です。
 これからは高齢者社会が進む中で身体不具合の老人や愚痴や無理難題な注文を付けたり、説得に応じない色々な老人が多くなる傾向にあるが、願わくば如何なる場合でも笑顔と丁寧な行動で、今後とも対応されることを切に願うと共に、この様な施設ならば自分の家族や私自身も含めて安心してお世話になれると思いながら清清しい気分で帰宅をしました。

 

御嶽海関の挨拶行為に感銘します。
御嶽海関が平成29年大相撲春場所で好成績を残した時の光景ですが、長野県出身の久し振りの力士の登場で、地元の皆様は勿論、長野県人としても応援をする人が多いものと推察しますが、その応援に応える御嶽海関(小結)の姿に感銘する場面があります。
勝っておごらず、負けてしょげず、常に冷静に物事を判断する事は解説者も絶賛する要因だと推測します。
殊に感銘する場面は相撲の後に退席する際に通路に座する先輩に歩を停めて丁寧に一礼をして挨拶をする姿が時折にテレビに映る時が有ります。
他の殆どの力士は挨拶もせずに通過する様子を見るに付け、御嶽海関の謙虚さと礼儀正しさ、挨拶の習慣励行が彼の人格の表われであり、挨拶をして通過する姿が放映されるのを見て爽快さを感じる聴視者は多いと思います。
無意識に出る挨拶の行動はその人の心の清廉さと人格を表わすものだと、改めて挨拶の重要性を感じる次第です。
挨拶は指導や指摘されてする行動では無く、無意識に自然に出来る行動こそが心が通い、相手にも誠意が伝わるものだと思います。
 
礼儀正しい外国人観光客に感銘

最近では全国各地に外国人の旅行者が多く成りましたが、秩序や礼儀を欠く旅行者も多く成り、苦情や困惑の報道を時折に拝見しますが、先日私が接した外人旅行者で誠に律儀な体験は報道とは程遠い礼儀正しい旅行者でした。
暮れ始めた夕刻の散歩途中で、大きな荷物を持った二人づれが、私の感触では迷っている様子だったので不慣れな英語で尋ねると、宿泊予定のホテルが判らないとの由、そのホテルは方向も違うし距離も有るので私の車で案内をすることにした。
宿に到着すると、たどたどしい日本語で礼を言いながら丁寧に「最敬礼」をした事には当方も恐縮しました。
そのホテルは私が良く知ってる宿でしたが、翌朝に電話が有り昨日の外国人旅行者が改めて「御礼の挨拶」をしていました。
この予想外の行為に外国人の行為とは思えない心が温まる行為に清清しい感動を覚えました。
 
今どきの若い者は・・・?と言うが

久し振りに上信越国立高原「志賀高原」で風景写真を撮りながら、高原ドライブを楽しんでいた時に、途中の駐車スペースで写真撮影をしていた所に数名の若者がオートバイで来て休憩をした。間もなくその仲間の一人が何気なくタバコの空箱を草むらにポイと捨てたのを見た同僚の一人が即座に拾って、捨てた仲間に注意をすると共に、私の前に来て「すみませんでした・・・気分を害して申し訳ないです・・・」と詫びて頭を下げたのです。一瞬の出来事に私は戸惑いましたが、その後一礼をして去って行ったグループのうしろ姿を見て、今どきの若者は・・・と批判的意見も有るが、中にはこの様な律儀な青年が居ることを体験して、その日は実に爽快な気分で高原のドライブと写真撮影を楽しむことが出来ました。